ソニーセミコンダクタソリューションズ様から発売された「SPRESENSE マルチIMU」は非常に画期的な製品であり、当社も強い関心を示しているところですが、その一方で、当該製品は一般個人やコンプライアンス管理体制の未熟な中小企業が活用するには相当高いリスクがある製品と言わざるを得ません。
そのリスクというのも、①製品そのものの海外輸出、②制御ソフトウェアの海外輸出、③制御ソフトウェアのソースコードの海外輸出、④製品の性能を発揮するための基板の設計データ(CADデータ)の海外輸出、⑤これらを日本国内において外国籍を有する人物もしくは外国法人等に実質支配された法人に転移する行為…など幅広く存在します。
今回は、IMUの性能を発揮するためのプリント基板(PCB)を中国などの外国で製造する場合の法規制について論じます。
さて、IMUとは、Inertial Measurement Unitの略称で、日本語では「慣性計測装置」です。慣性を計測(トレース)するということは、GPSなど人工衛星依存の位置推定手段に頼ることなく潜水艦の位置や航空機の位置の推定が可能ということですから、当然軍事利用が想定されます。
もとより、IMUは軍事目的で発明された製品群であり、民生品が登場したのは近年になってのことです。しかしながら、昨今では、民生品でも軍事目的での利用が可能な精度を有するため、実質的には軍事利用が可能です(「デュアルユース」といいます)。
1970年代後半から1990年代後半にかけて、大量破壊兵器の移転が問題視されるようになったことから、さまざまな輸出管理レジームが提唱・組織され、主要国においてレジーム内での議論や合意が国内法化されてゆくこととなりました。昨今ではデュアルユース品の拡散も問題視され、多くの国がデュアルユース品の輸出も規制対象としています。
話を戻すと、輸出管理レジームには、①原子力供給国グループ(NSG)、②ザンガー委員会(ZC)、③オーストラリア・グループ(AG)、④ミサイル技術管理レジーム(MTCR)、⑤ワッセナー・アレンジメント(WA)があります。
これらのうち、輸出管理において特に重要なのがワッセナー・アレンジメント(WA)です。わが国では、「通常兵器及び関連汎用品・技術の輸出管理に関するワッセナー・アレンジメント」としてWAの議論・合意を受容(実質的には批准)し、国内法化しました。
この国内法が外為法(外国為替及び外国貿易法、がいためほう)です。外為法の規制対象は技術と貨物に大別することができますが、今回は技術が主眼ですので、外為法25条1項から見ていきます。
国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の種類の貨物の設計、製造若しくは使用に係る技術(以下「特定技術」という。)を特定の外国(以下「特定国」という。)において提供することを目的とする取引を行おうとする居住者若しくは非居住者又は特定技術を特定国の非居住者に提供することを目的とする取引を行おうとする居住者は、政令で定めるところにより、当該取引について、経済産業大臣の許可を受けなければならない。
ここで問題となるのが、「提供することを目的とする」の趣旨です。この趣旨は、通常の読み方をすれば「利益を目的としまたは思想信条にもとづき特定技術を特定国の非居住者に提供すること」とも解されますが、外為法1条において「我が国又は国際社会の平和及び安全の維持」を保護法益としていることに鑑みれば、特定国に対する技術の移転を伴う行為全般について、認識・認容があれば、25条1項の規制に反すると解すべきです。
次に、「政令」と書かれていますが、これは、外為令(外国為替令、がいためれい)のことです。外為令では、外為法による規制の対象をより具体的に定めています。為替令17条1項は、
法第二十五条第一項に規定する政令で定める特定の種類の貨物の設計、製造若しくは使用に係る技術(以下この項、次項及び第十八条の二第一項において「特定技術」という。)を特定の外国(以下この項において「特定国」という。)において提供することを目的とする取引又は特定技術を特定国の非居住者に提供することを目的とする取引は、別表中欄に掲げる技術を同表下欄に掲げる外国において提供することを目的とする取引又は同表中欄に掲げる技術を同表下欄に掲げる外国の非居住者に提供することを目的とする取引とする。
としていますので、外為令別表を見ていきます。
一 輸出貿易管理令別表第一の一の項の中欄に掲げる貨物の設計、製造又は使用に係る技術
二 (一) 輸出貿易管理令別表第一の二の項の中欄に掲げる貨物の設計、製造又は使用に係る技術であつて、経済産業省令で定めるもの
(二) 数値制御装置の使用に係る技術であつて、経済産業省令で定めるもの….
など挙げればきりがないので、ひとまず輸出貿易管理令の別表第一を確認することにします。
該当しない品目が存在しないと言っても過言ではないほど…というのはご理解いただけるかと思います。このことは、ソニーセミコン様のウェブページなどにも記載があります。
これらの事情から、少なくともIMUが搭載されたボードについて、貨物を製造するための技術等も外為令に指定されることとなり、外為法25条1項の規制を受けることは明らかです。しかしながら、ボードの機能を向上させ、あるいはボードを使用可能にさせるためのプリント基板についてはどうでしょうか。
当然、プリント基板は、銅箔や銅箔に半田を塗布したり金を蒸着したFRP加工製品にすぎない…と考える方も多いでしょう。しかしながら、ここではその機能が先ほど述べた「我が国又は国際社会の平和及び安全の維持」にどのような影響を与えるか考えてみる必要があります。
話を戻すと、「部分品」を解釈する必要があります。部分品の語が用いられる場合、「他の用途に用いることができるものを除く」の注釈が付くことが多いことに注意すべきでしょう。ここでワッセナー・アレンジメントの表現を見てみると、
Protective and detection equipment and components, not specially designed for military use, as follows:
Specially designed for use in one of the processes specified by
などと、800か所以上に「specially designed」という語が登場します。つまり、これは「専用設計」すなわち「汎用性がないこと」を意味します。この点、経済産業省が同旨の通達を発出しているので、参考にしていただければと思います。
結論ですが、SpresenseマルチIMUのためのプリント基板の設計データは、「製造又は使用に係る技術」を構成するものですから、PCB業者へのデータ送信にあたっては経済産業大臣の許可が必要と考えられます。